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幻想夜話:20 [過去の創作ノートから]

言葉が淡々と置かれてゆき
そこに意味がないほどに
悲しいというときが人生にはあるのかも知れません。

自分の過去ながら、
この物語はそんな自分の痛みすら忘れた今だからこそ
優しい気持ちで受け止めることが出来るような気がします。


+++


 夜は、誰のためにあるのかしら?
 
 …もちろん、眠らなくてはならない人のためにあるんだよ。

 でも。

 こうして夜があるから、人は起きて言葉を探しているのかもね。


・・・・・・・・・・・・


 「どこから来たんだい?」

 小さな緑の子犬が僕に聞く。

 「あっちさ。」

 「あっちって、どっち?」

 「こっちのことさ。」

 「こっちって、そっち?」

 「そっちは、しっち。」

 「しっちって、沼池?」

 僕らはうなずいた。

 「ああ。沼池から来たんだよ。」



 沼池の周りには背の高い葦が夜風にゆれている。
 さわさわと、ささやき声は僕と子犬を招いてる。


 「どうして沼池なんかに住んでるの?」

 赤い舌をペロリと出して、子犬は好奇心に息を弾ませる。

 「足を、引っ張られるからさ。抜け出せないんだ。」

 僕はなくした方の右足をズボンのすそからチラリと見せた。

 「どうして右手はなくさなかったの?」

 子犬は下らない質問をくりかえす。

 「手は足じゃないからさ。お前は案外ばかだなあ。」

 子犬はケラケラ笑う。

 「うん、ばかなんだ。」
 
 シッポをふりながら、子犬は僕の右足のズボンの裾をクンクン嗅ぐ。 
 そしてときどき前足で、興味ぶかそうにじゃれついて。


 「どうしてお前はそんなに笑っているんだい?」

 僕は沼池のほとりに腰かけながら子犬にたずねた。
 風はやみ、空には檸檬のかたちの月がある。

 「うん、ばかなんだ。」

 子犬はケラケラ笑う。
 子犬はケラケラ笑う。
 子犬はケラケラ笑う。




 悲しいと人は笑うものだと、
 葦はなく。


 


 緑の子犬は僕に言う。

 「あの、お空の檸檬を欲しいんだ。」

 僕は笑った。

 悲し過ぎて。
 悲し過ぎて。

 
 葦はなく。



+++
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